大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ま)3号 決定 1984年11月20日

主文

請求人に対し、金二六七万二〇〇〇円を交付する。

理由

本件請求の趣旨及び理由は、請求人作成名義の刑事補償請求書に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  関係記録によれば、以下の事実が認められる。

①  請求人は、松井弘子所有の普通乗用自動車を損壊したとの被疑事実により、昭和五〇年一二月一五日逮捕、同月一八日勾留され、同月二六日釈放された。

②  右に引き続き、請求人は、松井一夫及び松井弘子に対する殺人未遂の被疑事実により、同日逮捕、同月二九日勾留された。

③  請求人は、同五一年一月一六日、右殺人未遂及び器物損壊の公訴事実により、身柄拘束のまま、東京地方裁判所に公訴を提起され(同庁昭和五一年合(わ)第九号事件)、同年八月九日、同裁判所において、公訴事実全部につき有罪(懲役二年、未決勾留日数中八〇日算入、没収、訴訟費用全部負担)の判決を受け、東京高等裁判所に控訴を申し立てた(同庁昭和五一年(う)第一七一七号事件)。

④  同裁判所は、引き続き請求人の身柄を拘束したまま(この間、昭和五二年五月六日から同年六月三日までは、請求人を鑑定留置している。)審理を進めたが、同五三年三月二七日、請求人の保釈を許可し、同日、請求人を釈放した。

⑤  同裁判所は、昭和五六年六月二六日、原判決を破棄し、器物損壊の訴因につき請求人を有罪(罰金八万円、金四〇〇〇円を一日に換算、訴訟費用一部負担)、殺人未遂の訴因につき請求人を無罪とする判決をしたが、右無罪部分については検察官の上告申立はなく、同年七月一一日、右無罪部分は確定した。

⑥  右有罪部分について、請求人は最高裁判所に上告を申し立てたが(同庁昭和五六年(あ)第一二七二号事件)、同裁判所は、昭和五七年六月八日、上告棄却の決定をなし、右有罪部分は同年七月六日確定した。

二  叙上の事実関係によれば、本件は、請求人に対し、未決の抑留、拘禁による補償をなすべき場合にあたることが明らかである。そこで、進んで、補償をなすべき範囲及び抑留、拘禁一日につき補償を相当とする金額の検討に入ることとする。

(1)  まず、補償をなすべき範囲については、昭和五〇年一二月一五日から同月二五日までの一一日間は、有罪とされた器物損壊の事実による抑留、拘禁日数であって、これが無罪とされた殺人未遂の事実の取調べに実質的に利用された事跡を窺うに由ないところであるから、その全日数を補償の対象から除外すべきであり、同五〇年一二月二六日から同五一年一月一五日までの二一日間は、殺人未遂の事実による抑留、拘禁日数であって、これが器物損壊の事実の取調べに利用された事跡を窺い得ないから、その全日数を補償の対象に含めるべきである。以上に対し、本件公訴提起後の同五一年一月一六日から同五三年三月二七日までの八〇七日間は、殺人未遂及び器物損壊の両事実による抑留、拘禁日数である(起訴状及び各勾留期間更新決定参照。)。そして、刑事補償法三条二号は、「一個の裁判によって併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」には、「裁判所の健全な裁量により、補償の一部又は全部をしないことができる」と規定しているのであるから、右八〇七日間については、その中で補償を相当とする範囲を定める必要がある。(ⅰ)ところで、本件では、控訴審において原判決が破棄されているのであるから、控訴の提起期間中及び控訴申立後の未決勾留日数五六九日は法定通算の対象とされることとなり(刑事訴訟法四九五条一項、二項二号)、そのうち一〇〇日が、一日八〇〇円の割合で前記罰金八万円に折算されている(同条三項、罰金等臨時措置法七条四項。記録一一冊表紙裏面参照。)。従って、右一〇〇日は、当然補償の対象から除外すべきものである。(ⅱ)そこで、残日数七〇七日のうち、第一審において本件器物損壊の事実の審理に要したと見られる日数につき検討する。

本件公訴事実は、請求人は、「第一、昭和五〇年一〇月二六日午前三時一〇分ころ、東京都目黒区駒場《番地省略》の実兄A方において、右A(当六〇年)とその妻B子(当三三年)の寝室にガスを放出して充満させ、就寝中の右両名を、ガス中毒死させて殺害しようと決意し、右両名が就寝していた寝室の出入口に外側から南京錠をかけて、容易に同室外に脱出できないようにしたうえ、隣室の応接室の都市ガスの元栓に三つ又を使用してガスホースを二本継なぎ、これを右寝室出入口の欄間から同室内に差し込み、元栓のコックを全開してガスを放出したが、その気配に目を醒ました右Aが、直ちに前記ガスの元栓のコックを閉めたため、その目的を遂げなかった、第二、同年一一月二七日午前二時ころ、前記A方敷地内において、同所に駐車していた前記B子所有にかかる普通乗用自動車(群五め六四―七六)のフロントガラス及び右側三角窓のガラスなどをハンマー様のもので叩きこわし、もって他人の器物を毀損したものである。」というのである。

右のとおり、本件器物損壊の事実は、殺人未遂の事実と比較して格段に軽微なものということができる。しかしながら、それだからといって、本件殺人未遂の被疑事実がなく、器物損壊の被疑事実のみであったならば、請求人に対する抑留、拘禁がなされなかったであろうと即断することはできない。請求人は、犯行当時、右各公訴事実の犯行場所とされ、被害者両名の住居でもある前記A方に同居していたものであって、従前からの被害者両名との葛藤に加えて、本件が刑事問題化したことにより、その居住関係はきわめて不安定なものとなっていたうえ、右器物損壊の事実についても捜査及び第一審公判の各段階を通じ、一貫して全面否認の態度を貫いており、これを立証する有力な証拠としては近隣者二名の目撃供述を措いてないことを考え併せると、罪証隠滅の虞もまた高度であったものと認められる。従って、本件器物損壊の事実についても、逮捕、勾留の要件はあったものと認めるのが相当である。そこで、本件器物損壊の事実についても適法な抑留、拘禁がなされたものとして、第一審の審理に要したと見られる日数を算出すると、右事実に関する証拠書類、証人及び被告人の取調べに要する日時等を考慮すれば、少くとも六〇日は必要であったものというべきであり、従って、残りの抑留、拘禁日数は、すべて無罪とされた殺人未遂の事実の審理に必要な日数であったものというべきである。

以上を総合すると、補償の対象とすべき抑留、拘禁日数は、前記の二一日と、前記の八〇七日から(ⅰ)控訴審において法定通算された一〇〇日及び(ⅱ)第一審において器物損壊の事実の審理に要した六〇日を控除した六四七日との合計である六六八日と認めるのが相当である。

(2)  次に、抑留、拘禁一日につき補償を相当とする金額につき検討する。請求人は、現行刑事補償法四条一項の規定による最高額である一日七二〇〇円の割合による金額を請求しているが、これは、昭和五七年法律第七二号による改正後の金額であるところ、右改正法附則一、二項によれば、右改正法の施行日である昭和五七年八月一〇日前に無罪の裁判を受けた者に係る補償については、「なお従前の例による」ものとされているのであるから、同五六年七月一一日無罪判決の確定した請求人に係る補償については、「従前の例」である昭和五五年法律第四二号による改正後の金額、すなわち一日一〇〇〇円以上四八〇〇円以下の範囲内においてこれを決すべきこととなる。

そこで、右金額の範囲内において、刑事補償法四条二項所定の一切の事情を考慮し、請求人に係る補償については、抑留、拘禁日数一日につき金四〇〇〇円の割合による額を交付するのを相当と認める。

三  叙上の次第であるから、請求人に対しては、金四〇〇〇円に六六八日を乗じた二六七万二〇〇〇円を交付することとし、同法一六条前段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 龍岡資晃)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例